朝日新聞名古屋本社前糾弾行動 !!

先日行われました、竹島奪還デモの翌日の朝日新聞朝刊紙面の偏向捏造報道に対して朝日新聞名古屋本社へ抗議街宣を行いました。先月のデモ翌日デモを朝日新聞と並び中日新聞も取材しており比較材料ができたことにより朝日新聞のアカヒ度が露呈しております。竹島を奪還せよという趣旨のデモなのに、2月19日の朝刊記事の見出しには「竹島奪還デモに差別と市民ら抗議」となっており、 黄澈論説委員(在日韓国人)が一方的にしばき隊視点で記事を書いており竹島に関する歴史経緯や領土根拠等の文言は一切盛り込まれていない、明らかな架空差別デモが行われたと仕立てる偏向報道でありました。一方、中日新聞の見出し記事は「竹島問題で在特会デモ」となっており冒頭「韓国が実効支配する竹島(島根県)の奪還を求める人らによるデモ行進が・・・・あの中日の公正報道にはただ驚くばかりです。。









大東さんのさよならパヨク!!

お彼岸の恒例の名古屋東別院「大東仁坊主に南京虐殺で抗議」ですが
開催されている「平和展」で
大東さんと直接面談して説教した結果、反省され謝罪されました。
それには伏線があったのです、彼の心境の変化つまり思想の転向がありました。

配布されていた平和展の小冊子に、開催者の教科センターの言葉に続き、平和展スタッフの中で大東氏は、なんと驚くことに、主催の教科センターの左翼偏向ぶりへの疑問を述べています。

ようやく気が付かれましたか、ここ名古屋東別院が如何に左翼の、9条の集まりか、宗教を利用した左翼狂化センターなんです
愛国倶楽部の取り扱い商品が減少しております。

名城住宅跡地の中国領事館移転の阻止
犬山春節祭の実質壊滅
ブルーインパルスの小牧基地飛行再開44年ぶり
東別院・大東氏への抗議
新しい対象商品の登場です!

昨年6月「ヘイト規制法」なるものを作った、おめでたい自民党西田議員が今頃後悔と反省をしております。
でも、この悪法は敵側の手に渡り、全国の自治体で
条例化され、日本人の言論の自由を犯罪として言葉狩りをかけてきます。
----
: 西田議員「いずれにいたしましても、いわゆる条例なんかでヘイト法を超えるようなですね、規制や罰則をつけることは間違いなくこれは憲法違反になってきてしまうと私は思っていますので、皆さん方もそういう方向にならないように行政側しっかり考えていきたいと思っています

ーーー
その第1号の実効性のある条例が、なんと名古屋からです!!!

大阪は、ヘイトの「事後」に団体名・個人名の公表される。

川崎は、ヘイトの「事前」に中止のガイドライン

名古屋は、「事前事後」の罰則や禁止事項を盛り込む条例の制定

今回の条例の進行は

民団の圧力ーー⇒  日韓議員連盟ーーー⇒議会での質疑

これも、止まります!!!誰が考えても、選挙権のない、民団の意見を取り入れて、我々日本人の有権者を罰則を加える憲法違反の条例を、市民も賛成するわけがありません!
ただし、闘わなければ勝てません!

中国共産党の野望である、
中国領事館の国有地移転すら勝ち取ったじゃありませんか?



朝日新聞名古屋本社へ抗議街宣!

真宗大谷派名古屋別院の大東仁僧侶もついに陥落しました!!!
今後は、大東さん、南京虐殺館に贈与した、がらくた アメ横購入品を、虐殺館側へ返還の要求の手続きをお願いします。
そこで、彼を洗脳した、本多勝一の朝日新聞に連載された「中国の旅」に対象を変え抗議に上がります!

朝日新聞は、買わない!読まない!許さない!

南京問題、慰安婦の捏造記事、全部朝日のキャンペーンの結果です!

今また、名古屋で行われた「竹島奪還」デモをヘイトスピーチがあったとの記事を書いた黄・澈、(ファン・チョル)記者さん
在日に好意的なのはわかりますが、赤旗より赤い中日新聞が正常に見えるほどのヘイトデモとの断定は朝日の信頼を自ら低下させます。
それでは朝日の抗議に!





門徒の皆さん、お彼岸には大東仁さんに!

真宗大谷派では門徒と言います!
一門徒である愛国倶楽部員が、大東仁僧侶を「いわゆる南京問題」で2時間にわたり説教し、ついに納得いただきました。

これで、大東仁氏を愛国倶楽部にお迎えいたします!!!

第28回平和展「仏教の社会活動-『満洲侵略』と大谷派-」
日時
2017年3月17日(金)~23日(木) 10:00~18:00
23日(木)17:00より閉会式

※18日(土)16:00より特別学習会 開催(聴講無料)
  講題:「満蒙開拓」概説
  講師:寺沢 秀文 氏(満蒙開拓平和記念館 専務理事)
会場
真宗大谷派名古屋教務所 議事堂、アクセス
(〒460-0016 名古屋市中区橘2-8-55 名古屋別院境内東側)
入場料
無料
主催
真宗大谷派名古屋教区教化センター
協力
真宗大谷派名古屋教区教化委員会
真宗大谷派名古屋別院


※1943(昭和18)年10月5日、満洲開拓村「弥栄村」に建てられた忠霊塔に臨む第24代「法主」大谷光暢。

はじめに -【十五年戦争】という歴史観について-

特別展「満洲開拓」と宗教

第1部 「満洲開教」のはじまり
1.戦争と権益
2.戦争利益と日本宗教
3.拡大する日本宗教の利益

第2部 「満洲開教」の拡大
1.「満洲事変」と大谷派
2.「満洲国」建国と大谷派
3.開拓団と大谷派

第3部 戦争肯定の深化
1.「非常時」という時代
2.「非常時」と大谷派

第4部 現代
1.宗憲 2.憲法 3.核兵器・原発 4.沖縄 5.天皇 6.災害
7.その他の国内問題 8.アジアの問題 9.世界各地のテロ

「南京大虐殺は自分たちがやった」と告白した国民党少尉>


お彼岸に大東さん出てくるんですか?
貴方の妄想の南京虐殺!
週刊「中国」より

<「南京大虐殺は自分たちがやった」と告白した国民党少尉>

1月27日に歴史評論がネット(http://www.kdne.net)で流れた。開国少将というベンネームの作者は、外祖父が自分の日で見た南京大虐殺という文章を発表している。「私は小さい頃に、外祖父が抗日戦場から何故逃げ出したのか分からなかった。逃げたことは秘密で、外祖父が死去する前年に、よく雑談の中で何時間も話すようになっていた。外祖父は、妻が早く死去したということだったが、それが逃げた理由ではないだろう。私はある日、やつと外祖父から真相を聞き出した。

彼は四川省の貧農の出身で、小さい頃から武術で鍛えていた。1928年に四川で国民党に捕らえられて兵士にさせられ、 1937年の南京大虐殺前夜に少尉にさせられて、日本軍の猛烈な攻撃を、首都を守れ・国父を守れというスローガンで防衛するよう命じられた。しかし日本軍の進政を食い止めることなど出来ないので、南京城から撤退した。

部隊は列車を何両か手配して、軍用の荷物と食料を積み込んだ。その時に周囲から、一般の民衆が老人や子供の手を引きながら列車に乗り込んできた。大勢が列車の屋根にも乗っていた。日本軍は、すぐ近くまで迫っている。このままでは、国民党の兵士たちは逃げることが出来ない。誰かが、日本軍が来たぞと叫び、国民党指揮官は列車に乗り込んだ民衆に列車から降りろと怒鳴った。

誰も従わないので、指揮官は民衆を銃殺しろと命令を出した。兵士たちは民衆を銃殺することなど出来ないので、互いに顔を見合わせていた。指揮官は兵士たちに、もうすぐ日本軍が来るのだから、民衆は日本軍に銃殺されたことにしたら良いのだと言って、一斉射撃を命じた。あたりは血の海となり、兵士の足首まで血が溜まったと言う。ここで約1千人の南京市民は、国民党の兵士たちから銃弾を浴びて死んで行った。

国民党の部隊が必死で逃げた後には死体の山が血の海の中に残され、それは日本軍の残虐行為として転嫁された。外祖父は、こんな部隊に残りたくないので、撤退途中に九江で夜陰に紛れて脱走し、長江を渡り武漢で列車を乗り換え、南の小さな山村に逃げ込んだ。

外祖父の記憶では、他の部隊も同様のことをしてきたという。全ての国民党による民衆大虐殺は、日本軍の残虐行為として転嫁されたのである。外祖父は貧農の出身だが、国民党が貧乏人を虫けらのように扱うことに抵抗があつたという。

外祖父は、国民党の軍隊に残っていれば、出世したかもしれない。また抗日戦争で戦死していれば、抗日戦闘英雄烈士との美名で呼ばれたかもしれない。しかし、逃亡する道を選んだ。そして裏切り者という悪名で呼ばれて、経歴を隠し通して逃げ回った。その過去の真実を、外祖父は死ぬ前になって初めて語ったのである。南京大虐殺は自分自身が犯した罪である。外祖父は恥ずかしくてたまらなかっただろう。

私は反日・反米の青年であり、ネットによく論評を発表していた。だが、そんな単純な反日・反米の青年たちは利用されているだけなのだ。天国にいる外祖父よ、私を許して下さい」。
http://ameblo.jp/daily-china/entry-11415804641.html
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