キャスパーです!

キャスパーです。「日本は外国に何回謝ればいいんだ!」という怒りに
声をよく耳にします。この「謝る」という行為、私たちの文化においては
「責任をとる」という重たい意味ではなく、相手と対立しないための
テクニックではないでしょうか。例えば、自分に直接の非がなくても
「ごめんなさいね。私が気が付かなくて。」とか「忙しい時にこんなことを
やらせちゃって悪かったわね。」等々、普通の社会人なら必ず言った経験が
ありますよね。こう言われれば「いえいえ、私も不注意だったから。」又は
「お気兼ねなく。私はたまたま暇でしたもの。」などと答えてその場の空気が
和らぐわけです。誰か特定の人を責めることもしません。こういった表現は
双方が「私はあなたを尊重していますよ、少なくともケンカしたくないの。」
という意図を伝えるものであり、仕事がうまくいくコツでもあります。
正に自分の意思だけではなく相手の心の内も推し量ることができる日本人なら
ではの知恵でしょう。仲良くない人であっても「あいつの立場を考えると、
これ以上追い詰めないほうがいい。」との判断で攻撃を緩めることも。
しかし、問題はその相手が変わってきているという事実です。外国人だけでなく、
日本人にも言葉の通じない人が多くなりました。私たちの文化的美風を守るため
にはどうしたらよいのでしょうか?折しも「移民容認」のような動きが顕在化
していると聞き、空は晴れているのに憂鬱な気持ちでおります。
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習慣

ご指摘のことは、昔からいわれています。
多くの日本人が自らの生き方や考え方をいしきして、把握してい無いからです。
 ささくれ立った世界がもうきています。
街宣のときの、通行人の表情を見れば、またビラを受けtるひとビトを見れば、いろいろ思う。
 この違いは、日常生活にもいろいろ在ります。
家の作り方などにも在ります。
 てっきりと思っていると。昔なら決まっていたものが、違うことがあり、人の話を細かいところまで聞かないと、困ることがありますが、その細かいところまで意識して把握していないから、<こんなはずではなかった>となる。わが国には時代による変化と、異質な物を受け入れたことによるへんかのふたつがあります。
 テレビドラマをみると、その昔のほのぼのしたものは無い。朝鮮が支配している、ないし朝鮮的なもの、アメリカ的なものがあるからからと理解すれば、了解でしょう。
 
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