キャスパーです!

キャスパーです。新年おめでとうございます。今年もどうぞよろしくおつきあい下さいませ。
昨秋の岡山行きで「犬養木堂記念館」を訪問しました。JR岡山駅から2駅西に行った庭瀬
という所にあるのですが、ここの風景が素敵なのです。記念館界隈には小さな神社とお寺の
鐘、井戸がありました。そして柿の実がほんの数個生っていて風に揺れています。正に
「原日本の風景」です。昔の週刊新潮の表紙のような絵が目の前に現れてきた!と感動する
ことしきり、でした。犬養毅(木堂)首相は、515事件で暗殺されましたが、随分人気の
あった政治家のようでした。館内でレコードを聞きましたが、少し甲高い声で浪々と流れる
ような漢文調の演説は、格調高く自信に満ちていました。国内だけでなくアメリカ各地にも
「木堂会」というファンクラブのような組織がいくつもあったとか。書家としても名高く、
立派な作品がたくさん残されています。この方、元祖アジア主義者といってもよいほど支那に
惚れ込んでおり、孫文をおうちに泊めてあげて実に献身的に面倒を見ています。(同志である
宮崎滔天や頭山満などと共に)孫の犬養道子さんの言葉では「中国のお友達はどなたであっても、
先生、という敬称しかない」というほど一家をあげての歓待、尊敬ぶりでした。確かに当時の
日本人には、古代から連綿と文化を日本に伝えてくれた大先輩の国、という意識が強かったの
ですね。支那にも、近代化を実現するためには日本が頼りだ、と真剣に考えていた人もいたで
しょう。しかし、今やそのようなロマンチックな感傷はどちらの国にもありません。パワー
バランスという冷徹な国際政治の現実があるのみ、です。今年も支那(この単語をテストに
書いた高校生に×をつける教師、反省して下さい)との緊張関係は続きます。アメリカの圧力
を受けながら、難しい対中政策を余儀なくされるわが日本。国民の力で守っていきましょう。


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No title

確か犬養は統帥権干犯事件では、その初期のときは攻撃側だったと思う。
 彼が殺されたのは満州事変に反対だったからでしょう。
昭和前期、大正時代からわが国の政治社会状況は外交を含めて複雑です。ここを解明して、何が元だったのかを突き止めないと、再び同じことがもっと大規模なかたちでおきる。
 そのは大元朝鮮です。安倍首相がフランスのテロを言論の自由に対する朝鮮というなら、シバキ隊などの行動ををどのように見るのか?
 河野談話は朝鮮との間のことで。国内は違うという二重基準を持って対応した。まったく同じ事をするのか。
 おりしも中東へ行くという。わざわざ目立つときに行くのはよろしくない。
 イスラムとキリスト教の抗争は1400あるもので、我々日本人の想像にあまるものでしょう。それを簡単に西欧の基準である、表現の自由や言論の自由をもちだして、能書きを言うと足元をすくわれるぞ。
 どうせ金を金を配りに行くだけで、そんな金があるなら、国内に使え。
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