7月7日は「大須事件の日」です!

「NPO・次世代に大須事件を語り継ぐ会」が毎年7月7日を「大須事件の日」として制定されました。
日本の3大騒擾事件の1つです!
血のメーデー事件
吹田事件
大須事件

当時を知る人が少なくなっています、
、63年前の昭和27年7月7日の大須にて共産党と在日朝鮮人1000名が暴動をし恐怖に市民を叩き込んだ事件を風化させないため、若い人達に共産党と朝鮮人が組み火炎瓶を投げつけ、車を炎上させ、繁華街大須を震え上がらせた事件を知る人が少なく、ソフトな共産党や韓流で錯覚している若い人達に周知させることが目的です。

はからずも、5月31日桜井誠氏を迎えてのデモにて、再現しました。
日本人の言論を封殺しようと、デモに並行して罵声を浴びせている恐ろしい姿を!

今また同じ大須で結びついたのです、・・・

NPO・次世代に大筋権を語り次ぐ会」は7月7日に会員にて大須観音に参拝します。
できるなら大須観音境内に、「大須事件の碑」を建立したいと思います。
早速、もう寄付まで頂戴いたしました

★事件の発端
中華人民共和国の北京で、日中貿易協定の調印式に臨んだ日本社会党の帆足計と改進党の宮越喜助の両代議士が帰国し、1952年7月6日(日曜日)に名古屋駅に到着した。
両代議士の歓迎のために約1000人の群集が駅前に集合、
無届デモを敢行したが、名古屋市警察によって解散させられた。
その際に12人が検挙されたが、その中の1人が所持していた文書から、翌日の歓迎集会に火炎瓶を多数持ち込んで、アメリカ軍施設や中警察署を襲撃する計画が発覚した。

★事件の概要
1952年7月7日(月曜日)当日、名古屋市警察は警備体制を強化し、全警察官を待機させた。
午後2時頃から、会場の大須球場(名古屋スポーツセンターの敷地にかつて存在した球場)に
日本共産党員や在日朝鮮人を主体とする群衆が集まり始め、午後6時40分頃に歓迎集会が挙行された。
午後9時50分に集会が終わると、名古屋大学の学生がアジ演説を始め、その煽動によって約1000人がスクラムを組みながら球場正門を出て無届デモを始めた。
警察の放送車が解散するよう何度も警告すると、デモ隊は放送車に向かって火炎瓶を投げ込み炎上させた。警察は暴徒を鎮圧すべく直ちに現場に直行したが、デモ隊は四方に分散して波状的に火炎瓶攻撃を行うなど大須地区は大混乱に陥った。
また、大須のデモ隊とは別に、アメリカ軍の駐車場に停めてあった乗用車を燃やしたり、
中税務署に火炎瓶を投下する別働隊の事件も発生している。
この事件で、警察官70人、消防士2人、一般人4人が負傷し、デモ隊側は1人が死亡、19人が負傷した。
名古屋市警察は捜査を開始、最終的に269人(その内、半数以上が在日朝鮮人)を検挙した。
捜査の結果、この事件は共産党名古屋市委員会が計画し、朝鮮人の組織である祖国防衛隊とも連携しながら実行に移されたことが判明した。


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