松井石根陸軍大将!

杉田謙一氏ブログより
http://plaza.rakuten.co.jp/seimeisugita/diary/201510310000/

松井石根閣下は愛知出身の大将であります。
松井石根陸軍大将の栄誉を讃え建立せられた石碑 「南京入場之感」が名古屋市中村区則武二丁目4―10 椿神社の中にあります

碑文の正面には

南京入場之感
燦矣旭旗颺石城江南風色
忽澄清豼貅百萬軍容肅
仰見 皇威輝八綋

陸軍大臣 松井石根  とある。

裏面には
昭和十二年七月支那事変起也皇国直進膺懲の師
吾郷英傑陸軍大将松井石根閣下為上海方面軍最
高指揮官督戦於江南之地撃破頑敵不出九旬而陥
其首都南京此詩即将軍陣中之作読者宜相伝唱以
仰皇軍威武乎不朽也昔豊太閤裂明之封冊也其意
欲席捲四百余州而不果焉今経三百有余年豊公之
霊有知同郷英傑偉績如此其感喜果如何必膺含会
心之笑於泉下也矣

昭和十四年十二月
    陸軍中将 大塚堅之助
    陸軍軍医中将  石黒大介 書
       幼友   恒川増太郎 建立 

碑の全面には南京陥落の実を挙げたわが軍の威風堂々とした姿世界に示す責務を果たした感慨を謳った松井石根大将の歌であります。南京陥落時の作。苦しく辛き戦いを終わらせ、皇威を八綋に示すことの出来た指揮官としての安堵の思いが感じられる。
蒋介石とも親しく、何度も密会され、この戦を双方の被害を極小にしたいと長い、首都攻防戦時ですら、敵の降伏申し出期限が過ぎてもじっと待った松井石根大将。決して軍規に背いた非道を成すなかれと厳命し、遂に南京を落としたのであります。最もよく中国に同情し、慈しんだ大将。敵兵なるも同じ人間と、戦地に倒れた中国兵の慰霊の為、熱海に興亜観音を現地の土を取り寄せ建立、其の勇敢なる双方の軍人の勇気を讃え慰霊をなされたのであります。

裏面には建立の理由が書きとめられている。
三百余年前に郷土の英雄太閤秀吉が朝鮮征伐をなしたが横柄な四百余州(中国全土)を治めるには到らなかった。しかしいま、松井石根陸軍大将閣下が上海方面軍最高指揮官となり、督戦し、中国江南の地の頑なる敵を撃破し首都南京を陥落せしめたことを褒め称えることにあった。

 しかしこの碑は今でこそひっそりながらも目にする事が出来ますが、聞けば占領の間は隠されていたと聞く。

松井大将の揮毫にて建立されている忠魂碑などは愛知県下に数多くある。

豊橋市神野新田ツノ割30 円龍寺       忠霊搭
岡崎市大和町西島13             忠魂碑
半田市亀崎町2     神前神社外苑     忠魂
豊田市四郷町東畑 猿投コミュニティーセンター 忠魂碑
江南市五明字青木177 布袋神社北隣     忠魂搭
尾西市野田                  忠魂碑
岡崎市樫山字西原86-4           忠魂碑
など、
知立神社にも。

そう其のご遺骨(遺灰)は殉国七士の墓(西尾市三ヶ根山)に安置されております。

 殉国七士の墓前にて行われる部隊葬は十一月十五日です。

 
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

愛国倶楽部

Author:愛国倶楽部

最新記事
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
RSSリンクの表示
リンク