サミュエルよりの手紙!

サミュエル

日本は優れて女性の地位が高く、社会的性差も少ない国だ。
英語では、男性はMr.、女性はMiss(未婚)とMrs.(既婚)という敬称が長らく使われていたが、これは差別だということで、女性は未婚・既婚に拘わらず、Ms.を用いることとなった。
日本では、年齢、職位などにより敬称を使い分けるから、男女どちらであっても、「さん」「殿」「様」を用いる。従って、英語のようにMissかMrs.かMs.かという議論はそもそも起こらない。
日本語には男言葉・女言葉というものがあるが、公の場で用いられる言葉は字面だけでは男女の区別がつかない。男言葉・女言葉が用いられるのは私的領域であり、ここは、生物学的性差の色合いが濃い領域でもある。恋愛、結婚、出産、子育てをするのは私的領域だ。
日本は永らく、公の場では、性差ではなく能力により職の登用が行われてきた。時代の要請によりどの能力が重視されるかがある程度決まるから、それにより、公の場に男性が圧倒的に多かった時代もあったことは事実だ。しかしながら、それでも女性が高い地位を占めていたこともあったし、それを太古の昔から許容してきた日本は、その意味で基本的にジェンダーフリーの国なのだ。
ところが、この事実を知ってか知らないでか、もっと日本をフリーにせよという動きがある。このままだと、能力がなくても男性/女性だからという理由だけで職の登用が行われることとなり、社会の弱体化を招きかねない。社会が弱くなれば、せっかくの自由も損なわれる。行き過ぎたリベラリズムは自由を奪うということを忘れずにいたいものだ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

愛国倶楽部

Author:愛国倶楽部

最新記事
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
RSSリンクの表示
リンク