キャスパーです

キャスパーです。何かと物議をかもしていた父親が亡くなりました。享年86。

最後まで「治って~がしたい、~に行きたい」と望んでいましたが、必ず命の終わりは来るのですね。そういう意味で「親の死」とは教育的なものだと思うのです。

「私も遠からず死ぬんだなあ」という確信が、実感として湧き上がってきますからね。死という絶対の真実は、全てのものに超越します。この世でのあれこれ、いざこざ、幸不幸、あらゆる事象を帳消しにしてくれます。でもこれこそ「日本人の死生観」です。死は全てを沈黙させ、終結させる、とは夢にも思っていない民族がすぐ近くにいて、絶えず騒いでおりますもの。

それにしても、最近は病気になってから死を迎えるまでの時間がとても長くなってはいませんか。医療のおかげ、とはいうものの、私、疑問なのです。

こんなにお金と手間をかけて、死ぬまでの絶望と恐怖を増幅していいものか、と。

高額医療を施す場合、欧米では「この人への治療は~歳まで」と決めると主治医から聞ききました。日本では際限がありません。それで高齢者と家族の悲劇が絶えないのです。人の生死に群がる医療ビジネスの闇は深いですね。
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