端山豊蔵襲撃事件についておさらいしておきましょう。


 6月26日とは川崎市の日本人に取ってどのような日であるのか?

 それはかつて在日朝鮮人暴動によって、端山豊蔵間税課長という方が殉職された慰霊祭を執り行う日となっています。この慰霊祭は毎年川崎市にお住まいの高橋賢一氏によって行われて来ました。

ここで、端山豊蔵襲撃事件についておさらいしておきましょう。

"朝鮮進駐軍"が川崎を我が物顔でのさばっていた戦後直後の昭和22年。
当時はドブロクの密造が盛んでした。もちろん違法です。それに加えて
ドブロク製造にはメチルアルコール(アルコールランプの燃料や自動車燃料の代替品。
微量の服用でも死に至る毒薬)が使われる事もあり、その粗造ドブロクにより死亡
したり失明したりする人が多発しました。それがGHQの人間にも及ぶように
なり、業を煮やしたGHQは密造ドブロクの摘発を要請するようになりました。
そして6月23日、検事2名、警察官200余名、税務署員87名、更にはMPまで
従えて桜本で徹底的な摘発が行われました。100名余が検挙され、ドラム缶
約180本ものドブロクや材料の米や麹など計200kgが押収されました。
ちなみに、半田・一宮事件では検挙者が27名でしたから、この摘発がいかに
大規模なものであったかは想像に難くないでしょう。
その夜、帰宅すべく京浜川崎(現在の京急川崎)駅近くまで来た端山課長は
「税務署員か?」と尋ねられ、「そうだ」と答えるや否や朝鮮人8人による
殴る蹴るの集団リンチを受け、即座に病院に運ばれましたが、腸が切れて
いた事もあり、3日後の6月26日に他界しました。彼の勇気と功績を讃えて
葬儀は東京財務局(千代田区代官町)にて執り行われ、栗栖赳夫蔵相や
石橋湛山前蔵相、更には池田大蔵次官(勇人。のち蔵相→首相)らが参列しました。
昭和26年に慰霊碑が東京国税局に建立され、命日の6月26日に神奈川
(現・川崎南)税務署に移設されて現在に至ります。なお、実行犯は全員が
逮捕され、主犯格の被告人は傷害致死罪で懲役7年の刑に服しました。

この事件に関する資料が非常に少ないのが辛いところです。何しろ事件後
50年が経過していまっているので裁判資料も捜査資料も文字通り消えて
しまい、また当時はGHQの検閲下にあったためえ報道資料もほとんど存在
しません。その中で、神奈川新聞が数少ない資料となるわけですが、事件が
あった翌々日には既に報道がなされているところに、この事件の重要性を
窺い知る事が出来るでしょう。

http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/2016-06.html

以上がこの事件の戦慄する内容ですが、このような事件を経て在日朝鮮人が暴力と恐怖で川崎市に一大勢力を築き上げた事実から目を逸らすことは出来ませんん。

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朝鮮進駐軍なる妄想の産物を恥ずかしげもなく綴ってるということは、これを書いたのはパンダかな? 笑
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