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三島由紀夫先生、森田必勝両烈士野分蔡

杉江秀一     松井石根大将顕彰会 幹事長

【三島由紀夫先生、森田必勝両烈士野分蔡】
昨日、11/24(火)ご縁を頂き、四日市市大治田(おばた)に所在する、森田必勝墓所にて開催された野分祭式典に参加させて頂きました。
式典後、森田必勝さんのご実家にも伺い、ご仏前に手を会わせることができました。
・三島由紀夫、森田必勝について
作家の三島由紀夫が1970年11月25日、衝撃的な死を遂げてから50年。
なぜ自衛隊に突入し、クーデターを試みたのか、、、
森田 必勝は、三島由紀夫が結成した「楯の会」の第二代学生長。
三島と共に憲法改正のための自衛隊の決起を呼びかけた後に、三島の介錯をし自らも割腹自殺した。
三島の単なる伴走者や主従関係の「従」ではなく、むしろ森田必勝が「主」となり三島らを引っ張っていったのではないか、という見解もしばしば見受けられる。
1945年(昭和20年)7月25日、三重県四日市市大治田町905番地(現・大治田2丁目7-21)に、父・森田和吉と母・たまの間に次男として誕生。
必勝は享年25。自分の名を「まさかつ」でなく「ひっしょう」と呼ぶことを好んだという。
必勝が遺した辞世の句は
今日にかけてかねて誓ひし我が胸の 
思ひを知るは野分のみかは
と綴られていた。
決起の数日前の夜、東京は〈野分〉(台風)に見舞われたという。〈今日にかけて〉の〈かけて〉は「賭けて」と「懸けて」に二通りの意味を持ち、どちらも「命懸け」という点で相通じている。結句の〈かは〉は反語の意味合いもあるとされ〈我が胸の思〈ひ〉を〈野分〉以外にも解ってくれる人もいるだろう、という意味にも解釈もできるとされる。
因みに三島由紀夫の辞世の句は
益荒男(ますらお)がたばさむ太刀の鞘鳴(さやな)りに                   幾とせ耐へて今日の初霜
散るをいとふ世にも人にもさきがけて
散るこそ花と吹く小夜嵐
・三島が楯の会会員・倉持清(1期生、第2班班長)に宛てた遺書(三島は倉持から仲人を依頼され快諾していたため人生を生きてもらいたいことを遺言した)
小生の小さな蹶起は、それこそ考へに考へた末であり、あらゆる条件を参酌して、唯一の活路を見出したものでした。活路は同時に明確な死を予定してゐました。あれほど左翼学生の行動責任のなさを弾劾してきた小生としては、とるべき道は一つでした。それだけに人選は厳密を極め、ごくごく少人数で、できるだけ犠牲を少なくすることを考へるほかはありませんでした。
小生としても楯の会会員と共に義のために起つことをどんなに念願し、どんなに夢みたことでせう。しかし、状況はすでにそれを不可能にしてゐましたし、さうなつた以上、非参加者には何も知らせぬことが情である、と考へたのです。小生は決して貴兄らを裏切つたとは思つてをりません。(中略)どうか小生の気持を汲んで、今後、就職し、結婚し、汪洋たる人生の波を抜手を切つて進みながら、貴兄が真の理想を忘れずに成長されることを念願します。 三島由紀夫「倉持清宛ての封書」(昭和45年11月)
・楯の会会員一同宛ての遺書
たびたび、諸君の志をきびしい言葉でためしたやうに、小生の脳裡にある夢は、楯の会会員が一丸となつて、義のために起ち、会の思想を実現することであつた。それこそ小生の人生最大の夢であつた。日本を日本の真姿に返すために、楯の会はその総力を結集して事に当るべきであつた。(中略)革命青年たちの空理空論を排し、われわれは不言実行を旨として、武の道にはげんできた。時いたらば、楯の会の真価は全国民の目前に証明される筈であつた。
しかるに、時利あらず、われわれが、われわれの思想のために、全員あげて行動する機会は失はれた。日本はみかけの安定の下に、一日一日魂のとりかへしのつかぬ癌症状をあらはしてゐるのに、手をこまぬいてゐなければならなかつた。もつともわれわれの行動が必要なときに、状況はわれわれに味方しなかつたのである。(中略)
日本が堕落の淵に沈んでも、諸君こそは、武士の魂を学び、武士の錬成を受けた、最後の日本の若者である。諸君が理想を放棄するとき、日本は滅びるのだ。私は諸君に、男子たるの自負を教へようと、それのみ考へてきた。一度楯の会に属したものは、日本男児といふ言葉が何を意味するか、終生忘れないでほしい、と念願した。青春に於て得たものこそ終生の宝である。決してこれを放棄してはならない。— 三島由紀夫「楯の会会員たりし諸君へ」(昭和45年11月)
三島由紀夫の「果たしていない約束」(一九七〇年七月七日サンケイ新聞夕刊)という三島の書いた文章。
この文章が三島の文学的な遺書だと考えられている。全文は無理なので、一部を引用する。
「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことはできない。このまま行ったら「日本はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」
まさに現在の日本の姿であり、直面している諸問題を浮き彫りにしていると思います。
最後に、三島由紀夫の小説「潮騒」を映画化した作品第4作が1975年(昭和50年)主演:山口百恵、三浦友和で封切りされたが、当時、その舞台となった三重県「神島」に家族四人で旅行に行ったことを突然思い出しました。
本当に、自然と海しかない美しい島でしたが、恐らく今でもそのままではないだろうか。
45年前の想い出をもう一度、確かめに行きたいものだ!

「MM日乗」の表題について
MMは三島森田の頭文字
日乗は永井荷風の「断腸亭日乗」にもあるように日記の意味である。


MM日乗」

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