fc2ブログ

【松井石根大将による「南京陥落」は83年前の今日‼️】

奥本 康大一般社団法人『空の神兵慰霊顕彰碑護持会』
·
【松井石根大将による「南京陥落」は83年前の今日‼️】
〜 南京大虐殺をでっち上げられ東京裁判で処刑された悲運の将軍‼️ 〜
昭和12年12月13日は、南京陥落の日です。
上海派遣軍司令官だった松井石根大将は、12月17日に上海に入場しています。
下の写真は、松井石根大将が整然と整列している将兵を閲兵しながら馬で南京入場の写真ですが、20万人、30万人も殺害したなら、こんな写真など撮影出来る筈がありません。
東京大空襲、広島原爆、長崎原爆以上の犠牲者があった場所が、写真や動画のような長閑なものである訳ありません。
でっち上げ以外の何ものでもありません‼️
また、当時の記録映像を見ても、大量虐殺があったなら、中国人は日本軍に近寄ってくる筈がありません。
翌年の正月風景の映像や、良民証を交付して貰う為に順番を待つ中国人の姿から、恐怖に怯えている表情はなく、安心しきった顔つきです。
これを中国は大虐殺があったとか、宣教師達は伝聞証拠だけで、東京裁判で証言したのです。
またウェッブ裁判長は、証拠をろくに調べもせずに松井岩根大将に死刑の判決を下したのです。
松井大将は南京入場に際しては、綱紀を守ることを徹底させるくらい、中国住民を巻き込まないことを厳しく命じた軍人だったと伝え聞いています。
松井大将はじめ殉国七士は、昭和23年12月23日、巣鴨プリズンの絞首台で処刑されました。
現在、東池袋公園になっていますが、言われなき罪で裁かれた軍人を、顕彰する碑すら建立されていません。
巣鴨プリズンの跡地はサンシャイン60が建てられ、絞首台跡地は公園になっていますが、唯一、『永久の平和を願って』と記された石碑がポツンとあるだけです。
日本の将来の平和を夢見て戦犯として、この地で処刑された将兵は、松井大将はじめ60余柱と聞いています。
何か判らない石碑では無く、東京裁判の歴史と処刑された将兵の聖地であることを、後世に伝える為、碑文を備えた立派な顕彰碑を、建立すべきと考えています。
最後に松井石根大将の辞世の句を添えさせて戴きます。             
天地(あやつち)も 人もうらみず ひとすじに
   無畏(むい)を念じて 安らけく逝く
いきにえに 尽くる命は 惜かれど
   国に捧げて 残りし身なればく
世の人に のこさばやと思ふ 言の葉は
   自他平等に 誠の心
                   合掌

松井大将
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

愛国倶楽部

Author:愛国倶楽部

最新記事
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
03 | 2024/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
RSSリンクの表示
リンク