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悲運の将軍 松井石根大将!

松井閣下は名古屋出身でございます。

奥本 康大一般社団法人『空の神兵慰霊顕彰碑護持会』

【アジアの平和を願った悲運の将軍 松井石根大将‼️】

〜 恩人 松井大将を裏切り米英に走った蒋介石‼️ 〜

恩を忘れないことは、人間としての原理原則であるのに、蒋介石は、いとも簡単に松井大将や日本を裏切ったのです。
ましてや松井石根大将は、東京裁判という茶番劇で処刑されたと言うのに、知らぬ存ぜぬを決め込んだ蒋介石‼️
また、台湾に逃げた時には、故宮博物館の財宝を軍艦に積み込むと言った強かさを見せた人物。
また、毛沢東が台湾に攻め入ろうとした国境線の戦い(金門島)において、何と蒋介石は元日本軍人の根本博中将に助けを求めました。
日本を裏切りながら日本に助けてを求めるとは普通では考えられません。
しかし、根本元中将は、昭和24年中華民国の統治下にあった台湾へ渡り、金門島における戦いを指揮し、中共政府の中国人民解放軍を撃破しました。
これにより、中共政府は台湾奪取による統一を断念せざるを得なくなり、現在の台湾の存在を創りあげたのです。
何故、根本元中将が蒋介石の要請に応じたかと言うのは、終戦後に中国の在留邦人約4万人の引き揚げに蒋介石が協力してくれた恩義があったからです。
日本人の恩義に厚いことを示す美談でもあります。
一方、南京大虐殺の汚名を着せられ東京裁判で処刑された松井石根大将も徳を重ねた人でした。
松井大将は、退役後の昭和15年、日支両軍の戦没将兵を「怨親平等」に祀るため、私財を投じて熱海に聖観音を建立されました。
観音像は松井大将が転戦した南京周辺地等の戦場の土を材料として作られたそうです。
晩年の松井大将は、この近くに庵を建てて住み、毎朝、興亜観音に参拝し、観音経をあげていたそうです。
現在の興亜観音は、上記の支那事変全戦没者をお祀りされていますが、所謂「A級戦犯」として処刑された七名の遺骨が埋葬されていることで知られています。
松井大将にとって自分が弔った将兵と共に眠っておられるので満足されているとは思いますが、松井大将を戦犯とし捕らえたことを知り、無策の蒋介石は許せません‼️
挙句の果てには、松井大将が処刑された後に、日本人である根本中将に助けを求めるなんて考えられません。
蒋介石は地獄に落ちたと思いますが、日本人の潔ぎ良さと恩義に報いる姿勢は素晴らしい美徳であり、松井石根大将、根本中将をもっともっと顕彰すべきと感じています。
日本人は近現代史を、深く学ばなくては、いつまで経っても、自虐史観は払拭出来ないと思います‼️

松井石根大将

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