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村田春樹先生よりの映画紹介

村田春樹先生より

日比谷で映画「日本独立」を見てきたので雑感を少々。

面白くて血沸き肉躍る、ほどではないが、要はいかに現行憲法がGHQに押し付けられたものか、を描いた映画で、是非とも多くの日本人に見ていただきたいものだ。映画にはしばしばマッカーサー元帥(以下マック)の執務室が登場した。この部屋は日比谷の第一生命ビルに保存されており、この映画はそこでロケをしたことがわかる。平成25年に封切られた「終戦のエンペラー」(トミー・リー・ジョーンズがマックに扮した)では事前に建物内外を詳細に撮影して、極端におどろおどろしくフレームアップしていた。今回の作品は誇張なしでそのままロケしたようだ。私はこの会社に長年勤めたので、建物や執務室が出てくるたびに少々胸が躍った。映画にもたびたび出ていたが、マックの執務机には抽斗(引き出し)がない。ある人がなぜ抽斗がないのか尋ねると。マックは「軍人は常に即断即決である、余は翌日に持ち越さない。」と言って、感心させたそうである。マックは兎に角芝居がかったことが大好きだったらしい。昭和20年1月のルソン島リンガエン湾上陸の際の、あの膝まで没して歩いて上陸する有名な写真は、従軍カメラマンに何回も撮り直しさせたそうである。実はあの執務机は第一生命ビルが接収される前、同社の社長だった石坂泰三が使っていたものなのだ。椅子も同じく。映画でマックは例のコーンパイプを愛用していた。しかし事実とは異なる。本当の彼はブライヤー(ある植物の根っこ、パイプの高級素材)の最高級品を好んでおり、兵隊に姿を見せるときのみ二等兵の使うコーンパイプをわざわざ使っていた。マックの執務室つまり第一生命の社長室では歴史が刻まれてきた。戦時中、第一生命ビルは東部軍管区に接収されており、社長室の同じフロアにあった会長室は司令官田中静壹(せいいち)大将が使用していた。田中大将は昭和20年8月14日夜の例のクーデター未遂(玉音録音盤奪取)事件を鎮圧した。その10日後24日にあの会長室で自決された。私が入社した頃、本社のどこかに大将の揮毫が飾られていたと記憶している。この田中大将の自決については詳細を来年8月のご命日に書きたいと思う。さてこのようにあのビルは大日本帝國の歴史を刻んできた。昭和27年GHQから返還されて、あの部屋は執務机はどかされ、最も格式の高い部屋として使われてきた。卑小な話に転じて申し訳ないが、我が人生の歴史の節目も刻まれてきた。私は22歳で入社したがその日昭和48年4月1日、あの部屋で社長から辞令をもらったことをよく覚えている。35歳で営業所長として懸賞論文最優秀賞・営業成績最優秀賞に輝き、あの部屋で表彰状を貰いその足でハワイ招待旅行に行ったことも忘れられない。さて映画に戻る。劇中、吉田茂が川柳を詠んだ。「新憲法棚の達磨も赤面し」笑える。この一句ですべてを物語っている。また永井荷風の日記「断腸亭日乗」昭和二十二年五月三日に「米人の作りし日本新憲法今日より實施の由。笑ふ可し」とあることが、映画の中で紹介されていた。嬉しくなって帰宅して久しぶりに「日乗」を繙いたが、やはりその通りにあった。この赤面ものを崇め奉り世界遺産にしろだのノーベル平和賞だの、まじめに言っている日本人が多い。笑ふ可し、大笑ひすべし。駄文最後までお読みいただきありがとうございます。  以上

名古屋でも上映館があります!

伏見ミリオン座で1月29日〜

NIPPON-DOKURITSU.COM
映画『日本独立』公式サイト|絶賛公開中

戦争に負けても、この国は誰にも渡さないー。敗戦国として⽇本がGHQに⽀配されるなか、外務⼤⾂の吉⽥茂に交渉役を任されたのは、なんと政治家ではない24歳年下の⽩洲次郎という男であった。出演:浅野忠信・宮沢りえ....

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